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我慢は何も生み出さない!痛い苦しいと叫んでみよう!

我慢は日本人の美徳かの様に長年言われてきました。

今でもよく言いますよね「最近の若者は我慢が足りない」。

でも、我慢って必要でしょうか。

ある程度、結果が出るまで時間がかかってしまうのを待つことはしないといけませんが、我慢とは違うって思うのです。

痛みをこらえて10年間の時間を失った伯母

伯母のお見舞いに行ってきました。

伯母は、長年膝が悪く、歩くのも杖を持っても長くは歩けませんでした。

骨粗鬆症もあるので、股関節も悪くなり、10年近く苦痛を我慢してきたそうです。

もちろん、医師には相談していていたそうですが、骨粗鬆症があるため失敗を恐れた医師が手術をしたがらなかった様です。

伯母は我慢強い日本人女性なので、苦痛を我慢していました。

もう少し、医師に強く訴える、あるいは私に訴えてくれていれば、セカンドオピニオンを探すなり、名医と呼ばれる医師を探すこともできたと思うんです。

この10年余り歩くことさえままらず、行動が制限され、どれだけの機会を失ってきたのでしょう。

この損失は計り知れないと思うのです。

我慢する事は美徳ではない

我慢してしまう背景には、優しさもあると思います。

痛いと言うと心配をかけるのではないか、痛いと言うと迷惑をかけるのではないか。

優しさと言うと少し違うのかもしれませんが、迷惑をかけてはいけないと言う思いです。

よく歳を取ると思います。

子供たちに迷惑をかけてはいけないって。

でも、どの様に生きたとしても、他人に迷惑をかけない人間はいないのです。

ましてや、家族に迷惑をかけずに生きていける人は死んでいる人だけです。

迷惑かけてはいけないと考えて言い出せなかったのでしょう、しかし、苦痛があった10年間、その分別のところで結構手間がかかっていたのは事実なのです。

我慢出来ない!嫌だって叫ぼう!

はっきり言って、我慢なんてする必要は無いと思います。

我慢できないなら我慢できないと言えばいい。

嫌なら嫌って叫べばいい。

それから解決策を考えたらいいのです。

でも、自分が嫌だと言ったら迷惑がかかるんじゃないか

我慢できないなんて言うと嫌われるんじゃないか

って思って、それを言い出すことができない。

でも、全て「じゃないか」。

じゃないかは確実ではありません。

あくまで仮定。

関わってる人には解決策があるかもしれないし、他の人は嫌では無いかもしれません。

叫ばないと、だれも嫌だと思っていると思わない。

私たちは超能力者では無いのですから。

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